November 2020

カリスマの預言的世界の混乱を一掃する‐パート1

By |2020-11-24T15:19:27+00:00November 24th, 2020|

カリスマの預言的世界の混乱を一掃する‐パート1 多くの試みと難しい出来事が最近起こりました。世界のペースが急速に速度を上げています。(ダニエル書12:4参照)霊的と倫理的な包含は複雑です。 これが、世界中の信者にある程度混乱を生じさせてしまっており、その結果、一連の「預言的な言葉」は間違っていたものと思われています。私たちは「自身の行動を一掃」しなければなりません。アメリカでの総選挙、コロナウイルス、そして経済的動乱は全てマタイ24:7-8でイエシュアがおっしゃった「艱難の始まり」のように見えます。 悔い改め 最初のステップは、常に悔い改める事です。ダニエルは自身の罪を悔い改め、そしてダニエル書9章にあるように、彼は祈りの中で、イスラエルの人々に代わって悔い改めました。その結果は、メシアが来られる事、主の十字架、離散とエルサレムの回復、終わりの時へと続く道、そして最終的に至る完全なる平和(ダニエル書9:24-27)を示す、驚くべき真の預言の啓示が与えられたのです!多くの現在の、不正確だったいわゆる預言的な言葉について、共に悔い改めましょう。 伝道 いかなる預言的なメッセージであっても、常に福音の基本的な教えに次ぐものでなければなりません。救いが最優先されます。黙示録19:10には、イエシュアの証人は聖霊の預言であるとあります。罪の赦しの宣言とイエシュアの死と復活を通した永遠のいのちは最も重要な預言の一種です。福音を宣べ伝え続けましょう。そして、二次的な神秘的な啓示によって脱線しないようにしましょう。 新約聖書預言 預言は、新約のエクレシアの経験の一部である事は疑いようありません。私たちは、皆が預言できると約束されています。(使徒2:17、18、第一コリント14:31)実際、私たちはそれを望むべきなのです。(第一コリント14:1)それは、聖霊が私たちの生活の中にいる、機能の一つなのです。(第一コリント12:10) 新約聖書は二つに分ける事が出来ます。使徒13章から始まって、ページの番号ではなく、基礎的なテーマと内容で分けるのです。ここで私たちは、福音活動がイスラエルの外へと拡散し始めているのを見ます。使徒たちの拠点はアンテオケでした。使徒13:1-4には、そこのコングリゲーションでは、「預言者」や「教師」がいたことを示しています。 彼らは、聖書を書いたイスラエル人の預言者と同じではありませんでした。彼らは普通の信者であって、コングリゲーションに仕えていました。アンテオケから、彼らは最初の使徒的宣教活動として諸国へ送り出されたのです。 使徒的チームの協力 彼らがコングリゲーションを設立し始めると、この預言者と教師のグループがより完全な成熟した使徒チームへと成長しました。(使徒14:14)彼らは新しい世代の使徒でした。彼らは神の小羊の12使徒と同じではありません。(黙示録21:14)しかし、彼らは自身の領域と自身の世代で神の御国を広げる事に関わったグループでした。 預言的な宣教活動は互いに責任を負い合うチームワークで行われなければなりません。エペソ4:11には五種のしもべである指導者が書かれています。(使徒、預言者、伝道師、牧師、教師)これらの事なった機能(役職)が互いにバランスを取り合うのです。教師は御言葉の正確さをチェックします。牧師は群れの健康状態をチェックします。伝道師は福音が一番に強調されている事をチェックします。使徒はチーム、指導者、権威そして御国の戦略を提示します。 「私に神がそう語られたから一人でやっている」預言者は危険に落ち込む可能性があります。チームで働く預言者にはチェック&バランスが機能し、エラーに落ち込む危険性は少ないです。 へりくだりと愛 大いなる霊的な力と預言における権威と共に、私たちは常にへりくだりの心を維持しなければなりません。第一コリント13:2には、最高の預言であっても愛がなければ何の価値もないと書かれています。第一コリント13:9には、最高の預言者であっても、知識は一部しか持っていないと書かれています。 へりくだりと愛を十分に持つ事は間違った預言を防ぐ事が出来ます。へりくだりと愛は、力または権威を減らすものではなく、むしろ増加させるのです。 政治と御国 私たちは、政府関係者のために祈るよう(第一テモテ2:1-4)そして彼らに従うように(第一ペテロ2:13)命じられています。彼らを、社会で神が与えられた機能を全うさせるための人々とみるように。(ローマ13:1-7)聖書の預言的な内容のほとんどは、政府指導者へのメッセージに関わる事が多いです。 [...]

剣を取るべき?

By |2020-11-17T23:31:42+00:00November 17th, 2020|

剣を取るべき? 聖書には「武器を手に取ること」と「武器を装備していること」を明確に分けています。 この違いを理解することが、今日の政治的状況に対し、大きな意味を持っています。  今日的には警察による武器の乱用、過失致死や殺人と思えるような事件があります。その一方で、掠奪や犯罪行為がはびこり、今日的な無法状態があからさまになっています。また同時に、警察全体を非合法なものと見なそうとする大規模な抗議