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December 1st, 2019

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ロバに乗ってエルサレム入城

イエス(イェシュア)は、異なった種類の王国を率いる異なった種類の王です。主の御国の一部として、私たちは異なった種類の国民となるべく召されているのです。

マタイ21章では、イエスさまは謙遜と権威を同時に示されました。彼は、仔ロバと共にいる母ロバを連れてくるよう、弟子たちに言いました。「もしだれかが何か言ったら、『主がお入用なのです』と言いなさい。そうすれば、すぐに渡してくれます。」(マタイ21:3)、

なぜイエスさまは馬にではなく、ロバに乗ることを選ばれたのでしょうか?馬であれば、印象がより強かったでしょう。イエスは、戦車付きの軍馬に乗った、支配者なる王としてとして来られたのではありませんでした。永遠を通じて最も偉大な指導者は、象徴の重要性を理解しておられました。ロバは謙遜と平和の象徴だったのです。

主の方法はいつも最善

この世の人とは違ってあるように、私たちは召されています。イジメる側に立つのではなく、弱い者のために立ち。ウソで覆うのではなく、真理を語り。不平を言うよりは、感謝の心を持ち。面倒くさがるのではなく、心から仕え。辞めてしまうのではなく、堪え忍ぶのです。私たちが人とは違って行動するよう、王なるイエスさまが召しておられます!

イエスさまが、ロバに乗りエルサレム入城されたとき、その何百年も前に語られた預言が成就しました:

シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜わり、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに。わたしは戦車をエフライムから、軍馬をエルサレムから絶やす。戦いの弓も断たれる。この方は諸国の民に平和を告げ、その支配は海から海へ、大川から地の果てに至る。(ゼカリヤ9:9-10)

なんと素晴らしい 「しもべなる指導者」のお手本なのでしょうか?主こそは自己犠牲の愛により、その民の心に語り掛ける王なのです!

謙遜になり、誰に権威があるか知りなさい

後日、神殿の庭を強欲と不正のために悪用していた人々を追い出すため、イエスさまは権威を用いました。謙遜は弱さとは違うということを、勘違いしないでください。また、従順さとは制御された力なのです。ご自身の権威を知りつつ、イエスさまはこの制御された力を行使されたのです。彼は優柔不断だったのではなく、義なる行為を行ったのです。

イエスさまは、正当な権利としてお怒りになりました。つまり神殿を礼拝の場所として、回復しようとされたのです。イザヤ56:7から引用し、マルコ11:17で、「『わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる』と書いてあるではありませんか。それなのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしたのです。」と仰いました。

イエスさまは神殿のあるべき姿に回復するため、断固とした行動を起こしました。彼は謙遜の人であり、同時に権威を持っておられました。私たちは主の足跡に従う様に召されているのです。

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By | 2019-12-01T14:18:03+00:00 December 1st, 2019|0 Comments

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