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January 13th, 2020

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世界的なアライメントのまとめ

アシェル・イントレータ

アライメントについての私たちの教えが、イスラエルおよび世界中で注目を集めています。アライメントの書籍から、メシニック・ジューと異邦人クリスチャンの間における関係について、特に相互的な従順さ、パートナーシップ、相乗効果について、こちらに引用箇所を集めてみました。

  1. 9ページ、世界的なアライメントは 、イェシュア(イエスさま)の再臨に対して準備が整えられるよう、世界中の真のクリスチャンとイスラエルのメシアニック・レムナント(残れる者たち)の正しい関係性に密接に関連しています。アライメントは神さまの命令に対し従順となることで、この地上に主の御国の建設に対し、準備をすることなのです。
  2. 17ページ、私たちが優しい心と敏感な良心を持つとき、私は如何なる状況にあっても、この親密さと従順さを求めることとなるのです。
  3. 18ページ、アライメント(神さまに向かって方向性を揃えること)とは、全ての人が自分の場所を持ち、それぞれ機能し、それぞれが実を結ぶことが許されている命令なのです。
  4. 24ページ、悔い改めはアライメントの最初のステップです。
  5. 25ページ、イェシュアを主として崇めているかどうかが、私たちの個人的なアライメントが神さまのご計画と目的に合致しているかどうかを見るための礎石です。
  6. 27ページ、霊的なアライメントとは、モラルのアライメントです。 モラルについての洞察力の不足は、私たち多くの者をして「カリスマ派」が常軌を逸していると思わせます。聖霊さまは、「神秘的である」と言うよりも「道徳的である」のです。
  7. 43ページ、御国の完全な形での回復は、イェシュアの再臨時のみに起こるのです。
  8. 44ページ、私たちは使徒たちから委託された職権を全うするために召されています。私たちは彼らの始めた事を継続していくだけなのです。彼らの世代がその(委託された)大宣教命令を始動させたのです。そして私たちの世代が(願わくば!)それを完成させるのです。
  9. 56ページ、再臨の時には、この世の諸王国は、イェシュアと、義の道を歩むことを学んだ人々にその権限を移譲します。
  10. 64ページ、イェシュアは教会のかしら(エペソ1:22)であり、イスラエルの王(ヨハネ12:13)でもあります。
  11. 80ページ、 アライメントは、直接的従順に比べ、より軽い形態ながらも明確には従順な心が必要とされる権威である。問題は、組織的支配に関するものではなく、この終末の時代に主に仕える正しい方向性についてなのです。
  12. 90ページ、アライメントは、イスラエル人レムナントと国際的エクレシア(教会)の間における正しい関係を要求します。円の中に円があり、全てが平等なのです。アライメントは全ての人が含まれることを保証するために設計されたものです。
  13. 91ページ、宗教的先入観は民族的誇りをもって人々を疎外しようとしますが、契約的アライメントは、お互い個人個人を敬意をもって好意を持ち、全ての人を含めることを求めます(ローマ12:10)。
  14. 111ページ、私たちは使徒15章の評議会について、上の指導者たちがどのように会合を行い、お互いに服従して行くかの聖書的手本として注目します。私たちが「エルサレム会議」なのだと言っている訳ではありません。ただ上級指導者たちが、相互的で関係的なコミットメントや説明責任のため、少なくとも1年に1回は、会合を開くべきだと主張しているのです。
  15. 112ページ、ティックン・ミニストリーにて私たちが持っている、契約、協力、相互的説明責任の中に指導者たちが40年近くもの間歩んでいることの証しにより、多くの人々にとって祝福となる、信頼、安全、安定を築きます。私たちは数多くある「流れ」のひとつに過ぎませんが、使徒15章における評議会をモデルとして、私たちの上級指導者のリーダーシップにおけるパターンを求めています。そのモデルとは上級指導者たちが、お互いに従順となる雰囲気の中で定期的に会うことなのです。
  16. 149ページ、アラブ人クリスチャンとメシアニックジューは、アブラハム家の一員としてお互いを受入れる必要があります。
  17. 186ページ、そのプロセスにおけるガイドとなる原理は、相互的な従順と謙遜です。ここで言う謙遜とは、民族的傲慢さの反対です。ユダヤ人と異邦人の双方、またはイスラエルと教会 の双方の民族的謙遜が、全ての人を世界的アライメントに招き入れ、神の栄光の現れとなります。この民族的謙遜こそが、民族的優越感における「選民性」の直接的反対勢力となるのです。ユダヤ人およびクリスチャンに神さまから与えられた在るべき姿は、お互いに仕え合うことによって再定義されるのです。
  18. 189ページ、神さまはイスラエルと教会の「オリーブの木」パートナーシップを用いて、種族的優越感や民族的傲慢のない、より良い世界をもたらします。そこには謙遜、相互的尊敬、神の恵みに対する依存があるようになります。
  19. 189ページ、この神さまの恵みを受取るためには、ユダヤ人と異邦人の双方が、謙遜の場に来る必要があります。
  20. 190ページ、「オリーブの木」は相互的な祝福および相互に仕えることの象徴なのです。
  21. 191ページ、メシアニックのレムナントたちは、自己中心から脱出し、エクレシア(教会)に仕え始めるのでしょうか?エクレシアはメシアニック・レムナントの統一的でしもべ−指導者となる役割 を受入れることができるのでしょうか?メシアニック・レムナントは、国際的教会がその満ち満ちた様になるよう助ける必要があり、エクレシアはイスラエルがその満ち満ちた様になるよう助ける必要があります。これこそが、我々が正しいアライメントに到るために必要なダブルの謙遜なのです。
  22. 227ページ、私たちの言う、国際的エクレシアとメシアニック・レムナントとの間のアライメントは、協力的パートナーシップおよび相互扶助の中で、初めてそれらの満ち満ちた様になるのです。
  23. 242ページ、相乗効果とは、グループ内の各自が同じゴールに向かって別々に働いた場合よりも、チームワークにより、全体としてより良い結果が得られることを意味します。
  24. 243ページ、リーダーシップと従順を回転させることで、異なった資質や視点がも引き出されます。そこには、リーダーシップと、チームワークと、従順さがあります。
  25. 244 ページ、エペソ3:6の奥義では、異邦人は「共同の相続者となり、ともに一つのからだに連なり、ともに約束にあずかる者」となるとしています。これがアライメントなのです。
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By | 2020-01-13T13:54:09+00:00 January 13th, 2020|0 Comments

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