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June 29th, 2020

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問題から逃げる?

アシェル・イントレータ*

「患難」について話す時、多くの人は即座に終末時代のシナリオを連想します。しかし私たちは逆境に対する一般的な態度に注目する必要があります。信者として問題が起こったとき、どの様に反応するべきでしょうか?

新約聖書のギリシャ語スリプシスは、「患難、苦痛、問題、苦悩、迫害、重荷、抑圧と訳される語彙です」。これは45回の出典があります。言及されている内容を、簡単に調べてみたところ以下の通りです:

  • 38回は、逆境の中を歩む中で、強められ、助けられ、勇気付けられ、救い出されると書かれており
  • 7回は、この質問には関係がないと思われ、
  • 信者が逆境を経験することはないとか、逆境に対処しなくて良いよう、この世から取り除かれるという約束はゼロ、皆無なのです(!)

ギリシャ語のスリプシスに当たるヘブライ語は、ツァラーです。ツァラーは「問題、苦痛、逆境、苦悩、患難、きついこと」と訳され、律法書と預言者書の中で73回の出典があります。また、言及内容は以下の通りです:

  • 69回は、問題の中を歩む中で、神に叫び求め、守られ、救い出され、強められると書かれており、
  • 3回は関係がないように思われ、
  • 1回の例は、苦痛が取り去られ、または避けられたとありました。

詩篇の中の多くの祈りは、逆境の中にあって神さまに叫び求めるものです。救いのヘブライ的概念は、救い出されること、悔い改め、浄化、敵の攻撃の中にあっての守りなのです。

 

独りではない

私たちの信仰の局面の一つは、問題のある時にどの様に対処するかを学ぶことです。神さまは、特に問題のある時にこそ臨在される方です(詩篇46:1、91:15)。 不道徳がこの世の支配的な文化であるため、義の道を歩もうとする人々にとっての規範的経験は、困難に直面しなければなりません。

「患難前携挙説」について私が懸念していることの一つは、それが間違った終末論であること以外に、逆境に対処する一般的な姿勢としてです。信仰は困難の中にあって、助けてくれます。神さまは試練や患難の中で、救い出してくださるのです。困難な状況に忠実に忍耐をもって、対処する中で、品性が練られます。リバイバルは多くの場合、迫害を伴っています。

あなたは何の種?

逆境にどう対応して良いか分からない人は、マタイ13:21の2つ目の種のようです:「しかし、自分のうちに根がないため、しばらくの間そうするだけで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。」

「患難前携挙説」と「慰めだけ」タイプのメッセージの両方は、根も、品性もなく、これから先に私たちが遭遇する困難な日々に耐えられない信者を作り出してしまいます。イェシュアのたとえ話のように、多くの人が早々とつまづきます。信仰により逆境に対処し、日々の救いにおける神さまの力を知ることは、私たちの世代にとって、非常に重要なのです。

使徒14:22 – 「弟子たちの心を強め、この信仰にしっかりとどまるように勧め、『私たちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なければならない』と言った。

逆境にあって、聖書全体のメッセージは、私たちに大いなる力を与えてくれます。私たちは、逆境をまとめて回避するのではなく、むしろ困難のただ中にあって、勝利を得るのです。

*編集者注:この主題が今の私たちの状況にとても関係があるので、2017年のアーカイブから再度ご紹介しています。

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By | 2020-06-29T10:36:17+00:00 June 29th, 2020|Comments Off on 問題から逃げる?