About Eitan Shishkoff

This author has not yet filled in any details.
So far Eitan Shishkoff has created 28 blog entries.

火を強める?

火を強める? あなたの今いるところは、暑いのでしょうか?今これを書いているイスラエルでは、例年に比べとても暑いのです。ひょっとしてこれは、主が「火を強めている」という主からのメッセージなのでしょうか? 気付くと、私はそのように結論付けていました。コロナのパンデミックは長期化しており、少なくともここイスラエルではマスクを着け、予防医学の指示に従っています。私の故郷カリフォルニア州では広大な面積の土地が、恐るべき火災により大打撃を受けています。そして警察による暴力と人種差別についての抗議デモは、引き続き暴徒化しており、米国の諸都市で街角に犠牲者の死体が残されたままとなっています。 それらの内一つとして、ここイスラエルでハマスにより、イスラエルの乾燥した土地や畑を燃やそうと続けられている火炎風船の「熱い緊張感」には比べることはできません。国会(クネセット)の解散が危ぶまれる終わりなき危機により、連日報道されているこの国の「連立政権」に対し、国民の失望が広がっており、もし解散となれば過去18ヶ月に4回目の選挙となります。 もうこれ位にしておかなければ、世界中の憂鬱な状態について、私はページを埋め尽くしてしまいそうです。これら全てとさらに多くの現実により、私は「主よ、何をされておられるのですか? 何を語っておられるのですか? これら全てがどういう御心なのだと解釈したら良いのでしょうか? 」 洞穴の中のエリアの様に (第1列王記19:9-18) これら全てのことの中で、神さまの声が私たち1人ひとりに語りかけていると思います。あなたは聞こえるでしょうか? エリアは当時彼の周りにあった、あらゆる悪い知らせから逃れ、洞穴に身を潜めていました。カルメル山での素晴らしい勝利の後、彼自身の生命が脅かされ、身体的にも、感情的、霊的にも疲れ切っていました。簡単に彼の状況に私たちの状況を比較することができます。 その後、主は激しい風や、地震、火を起こしましたが、主は「それらの中」にはおられませんでした。それらはエリヤの注意を引くための明白な道具に過ぎませんでした。これらの事が、今私たちの上に起こっているのではないでしょうか?社会の基礎を引き裂く激しい風があり、地震が世界規模で健康を脅かしており、火は安心の基であったところを焼き尽くしています。神は「それらの中に」はおられないのです。それでも、主の意図されているのは、これらの激動を通じ、この世が、急速で劇的に悪化しつつある事に私たちを目覚めさせること。そして私たち—1人ひとりが個人的に、親密に、御声を聴くことなのです。 ささやきを聴く 一旦、その預言者の注意を引いた神は、次に「かすかな細い声」で彼にささやきます。 ここで、私の告白を挿入しなければなりません。罪についてではなく、身体的な弱さについてです。私の聴力が以前のようではなく、今は人が話しているのを非常に注意して聴かなければならなくなりました。本当にお話しされてることを聴きたいのですが、時には耳に入って来ないことがあります。私がその様に一生懸命、友人や家族の言葉に耳を傾けるのであれば、もっと一生懸命、主の語る御言葉に聴き入る必要があるのではないでしょうか?最低でも、全集中力を注いで聴く必要があります。 そして、ここに私たちにとっての優先順位があります—ヨハネが顔を主の胸にうずめたように、主(の中)に寄りかかることです(ヨハネ13:25)。混乱や苦悩にあってはなおのこと、羊飼いの胸に顔をうずめることが必要なのです。「 羊たちはその声を聞き分けます。牧者は自分の羊たちを...連れ出します。」(ヨハネ10:3)。これは何も生き残りの事だけについて語っているのではありません。エリヤには、まだやるべき事が沢山あり、私たちにも更にやるべき事があるのです! 一新された召命と権威 一旦、全能なる神さまがエリヤの注意を引いた後、神はこの預言者の人生における召しを一新され、次なる活動領域に向け明確な指示を与えました。エリヤは、落ち込み・隔離・無活動の象徴としての洞穴を脱したのです。主の静かな声を聴くことにより、彼は新たな勇気と権威をもって前に進んで行きました。彼は国々に大きな影響を与え、次世代(エリシャ)のミニストリーを発動させたのです。 [...]

By |2020-10-07T10:30:15+00:00October 7th, 2020|0 Comments

心におそれ?

心におそれ? エイタン・シシコフの近刊書、「With All Your Heart--心をつくして」からの抜粋  全世界規模のコロナウイルス危機からの副産物の一つに「恐れ」があります。 最近、イスラエル大統領、リューベン・リヴリンによる熱いスピーチを聴きました。彼はイスラエル国民に向かい、恐れやパニックに陥らず、不安に流されない様にと、熱弁していました。正に今ある危機は、私たちの心が恐怖に流されることだと、彼は言っています。 しかし、この様な行き先不透明な状況の中で、私たちはどの様に心を整えるべきでしょうか?事業や雇用は甚大な被害を受けています。未来への希望は何なのでしょうか?あるイスラエル人ジャーナリストが、この危機が、私たちが過去に面して来た他の脅威に比べ、如何に異なっているかについて言及しています。「イスラエル人は...、自分が恐れているということを認めたがりませんが、私は恐れています。」(デイビッド・ブリン、JPost、2020年3月16日) [恐れについて議題ですので、我々が奉じるよう命じられた、健全な「おそれ」があることについても挿入しておきたいと思います。それが主を畏れることです。神の力と権威が怖るべきものであることは知られたことであり、それゆえ私たちは罪と悪意と反抗心の結果を、道理ゆえに畏れるのです。究極の威厳を持った方に目見えるとき、私たちは打ち震え、礼拝の形を取った敬意となるのです。] 間違った種類の恐れこそは、私たちが取り扱うべきものです。それは私たちをして、精神的にも感情的にも、萎えさせます。またそれは、私たちを立ち上がらせ、その元を探り、それを乗り越えるための信仰と愛を求め、手にするよう拍車をかけることもできます。その様な間違った恐れが、私たちの心に忍び込んで来、しかもそれは致命的なものであるとき、どの様に扱えば良いのでしょうか? 平和の君があなたと共におられることを覚える 嵐が来て、彼らを皆沈めようとしました。小舟は大風による波を何度もかぶり、弟子たちを乗せた小舟は助かる見込みは少ししかありませんでした。イェシュアはその間、妨げられることなく、ずっと寝ていました。彼らが生き残りの望みをかけ、揺すって起こしました。 「イエスは起き上がって、風をしかりつけ、湖に「黙れ、静まれ」と言われた。すると風はやみ、大なぎになった。イエスは彼らに言われた。「どうしてそんなにこわがるのです。信仰がないのは、どうしたことです」(マルコ4:39-40)。 彼らの置かれた状況の中にイェシュアがおられたことで、全てが変わりました。神さまが「決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない」(ヘブル13:5)と保証しておられる事を覚えていてください。 完全な愛で、恐れに対処する 使徒ヨハネは、煮立った油の刑は生き長らえましたが、パトモス島に独り投獄されます。それでも、彼は神さまの愛の最も偉大な啓示を受け取ります。ヨハネはこう言っています、 「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します...私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです」(第1ヨハネ4:18-19)。 恐れに襲われ